エアブラシは消えてしまうのか。空山基展を見て考えたこと【後編】

前編では、空山基展で昔の原画に感じたエアブラシの魅力について書きました。

空山基展で昔の原画を見て、あらためてエアブラシの面白さを感じました。

その一方で、少し気になったことがあります。

エアブラシという技法は、この先も残っていくのだろうか。

エアブラシだけで描くことは少ない

エアブラシ作品と聞くと、最初から最後までエアブラシだけで描いていると思われるかもしれません。

実際には、筆やマスキングなど、ほかの道具と組み合わせて制作することが多くあります。細い線や細部の調整には筆を使い、塗り分けるためにマスキングをする。必要に応じて別の画材も使います。

エアブラシは万能な機械ではありません。

塗料の濃度や空気圧、吹く距離が少し違うだけで結果が変わります。詰まることもあれば、塗料が思った方向へ飛ばないこともあります。準備も片付けも必要です。

正直、面倒な道具です。

それでも使いたくなる面白さがあります。塗料を細かな霧にして、少しずつ色を重ねる。何もなかった面から、ゆっくり形や光が浮かび上がってくる。この感覚は、エアブラシならではのものです。

ほかの道具に置き換えられていく

現在は、デジタルツールを使えば滑らかなグラデーションを簡単に作れます。金属の光沢や映り込みも表現でき、修正もしやすく、大きさを変えて印刷することもできます。

目的が同じなら、より早くて扱いやすい道具が選ばれるのは自然なことです。エアブラシでなければできなかった表現も、少しずつほかの道具で代替されていくのかもしれません。

それ自体が悪いとは思いません。新しい道具によって、表現できるものは増えました。空山基の近年の作品も、彫刻や映像、空間演出へ大きく広がっています。

ただ、便利な方法に置き換えられるほど、エアブラシという技法は見えにくくなっていきます。作品は残っても、どのように描いたのかが分からなくなる。そこに少し不安を感じます。

完成作品だけでは残らないもの

エアブラシの技法は、完成作品を見るだけでは分かりません。

  • どのくらい塗料を薄めたのか
  • どの距離から吹いたのか
  • どの部分を先に描いたのか
  • 失敗したときに、どう直したのか

こうした細かな判断は、作品の表面にはすべて残りません。書籍に書かれていないことや、実際の作業を見なければ分からないこともあります。

だから完成作品を保存するだけでは、技法文化のすべてを残すことはできないと思っています。

制作の途中も記録する。成功した方法だけでなく、失敗や迷いも残す。それが、次に使う人の手掛かりになるのではないでしょうか。

巨匠たちが存命のうちに

エアブラシの世界を築いてきた巨匠たちの多くは、すでに高齢になっています。

作品や書籍から学ぶことはできます。でも、できることなら存命のうちに直接会い、制作への考え方や技法について話を聞いてみたい。

なぜエアブラシを選んだのか。どんな失敗をしてきたのか。今、エアブラシをどう見ているのか。

まだ具体的な計画ではありません。ただ、その人たちの言葉と経験を、次の世代へ残すことができないだろうかと考えています。いつか実現したいことの一つです。

KAOSSENが伝えていきたいこと

空山基展を見て、KAOSSENがこれから何をすべきかも考えました。

まずは、エアブラシを使い続けること。そして完成作品だけではなく、制作過程や道具の使い方も見せていくこと。うまくできたところだけではなく、失敗した部分や修正の方法も残していきたいと思います。

「技法文化を背負う」と言うと、少し大げさかもしれません。それでも、誰かが使い、記録し、面白さを伝えなければ、技法は少しずつ見えなくなっていきます。

KAOSSENにできることは小さいかもしれません。でも、小さくても続けることには意味があると思っています。

エアブラシは面倒です。思いどおりにならないこともあります。

だから面白い。

空気と塗料を自分の手で調整しながら、少しずつ絵を作っていく。その感覚を、もっと多くの人に知ってほしい。

エアブラシは面白い。その魅力を、これからもっと伝えていきたいと思います。

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